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【9日間の断食、断水、不眠、不臥、途中断念で自害…】命がけで行われる千日回峰行(比叡山)がマジでヤバい!

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こんにちは!わたMANです。

 

皆さんがこれまでに経験した「人生最大の挑戦」とは一体何ですか?

大概は受験の苦労だったり、ケガや病気を克服した経験だったり、海外でのホームステイだったりという挑戦を想像します。

 

しかし今回は、私たちが想像もできないような挑戦をしている方々の話を書いていきたいと思います。

 

その挑戦とは記事のタイトルにもなっている「千日回峰行」というものです。

これは滋賀県と京都府にまたがる比叡山山内で行われる天台宗の修行の一種なのですが、これがとにかくヤバいんです。

 

具体的に何がヤバいのかをこれから説明していきたいと思います。

 

 

 

比叡山で行われる千日回峰行とは

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千日回峰行は、平安時代に延暦寺の相應和尚(831年~918年、一説に~908年)により開創された、比叡山の峰々を縫うように巡って礼拝する修行です。

 

山川草木などあらゆるものに仏の姿を感じながら地球1周分(約4万キロ)歩きます。

 

とても厳しい修行で、途中で続けられなくなったら自害するという決意で行うため、首をくくるための死出紐と両刃の短剣を持っていきます。

 

千日回峰行は7年間にわたって行われる修行です。

次から詳しい概要を説明していきます。

 

千日回峰行の概要

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7年かけて行われる千日回峰行ですが、最初の3年間は1年で100日間連続歩きます。

 

無動寺で勤行(仏前に読経(どきょう)や回向(えこう)をすること)したあと、深夜2時に出発します。

 

真言を唱えながら東塔、西塔、横川、日吉大社と決められている260箇所で礼拝を行います。

 

歩く距離は約30km、平均6時間で巡拝します。

 

4年目と5年目は倍になり、1年のうちに200日間行うので、5年間で700日の修行を行うこととなります。

 

千日回峰行を始めたら、途中で修行を断念することは許されません。

修行が続けられなくなったら自害しないといけないという決まりがあるため、そのための「死出紐」と、短剣、埋葬料10万円を常にもっています。

 

この時点でかなり過酷で辛い修行だと思いますよね。

しかし、700日経過したあとに最も過酷な苦行が待ち受けているのです。

 

千日回峰行で最も過酷な「堂入り」とは?

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http://mikantokidoki.com/kamabori-to-ajari/

 

700日経過すると最も過酷な修行である「堂入り」を行います。

 

比叡山無動寺谷の明王堂に籠って、9日間、断食・断水・不眠・不臥(食べず、飲まず、眠らず、横にならず)で不動真言を唱えつづけます。

 

毎晩、深夜2時には堂を出て、近くの閼伽井で閼伽水(仏教において仏前などに供養される水のこと)を汲み、堂内の不動明王にこれを供えなければいけません。

 

水を汲みに外へ出る以外は、堂内で永遠と真言を唱え続けなければなりません。

その数は約10万回に及ぶと言います。

 

こちらは実際に堂入りを成し遂げた釜堀浩元氏の動画となります。

 

堂入り後は、周りの人に支えられながら出ないと歩くことができません。

想像するだけでも辛い修行だとわかりますが、実際に達成してしまう人がいるとは…

 

堂入り満了後は…

堂入りを満了(堂さがり)すると、行者は生身の不動明王ともいわれる阿闍梨となり、信者達の合掌で迎えられます。

 

6年目はそれまでの行程に加え、比叡山から雲母坂を下って赤山禅院へ至り、赤山大明神に花を供し、ふたたび比叡山へと上る往復が加わり、1日約60キロとなります。

 

その100日は「赤山苦行」とも呼ばれ、行者の足でも14~15時間を要する厳しい修行です。


7年目は、200日を巡ります。前半の100日間は“京都大廻り”と呼ばれ、比叡山中から赤山禅院、さらに京都市内を巡礼し距離は84キロにもおよびます。

 

最後の100日は最初の1日30Kmの行に戻ります。

1000日間で歩く距離は地球一周分の4万キロとなります。

 

戦後の千日回峰行達成者

1946年9月19日、叡南祖賢(38人目、戦後1人目)
1953年9月18日、葉上照澄(39人目、戦後2人目)
1954年9月16日、勧修寺信忍(40人目、戦後3人目)
1960年、叡南覚照(41人目、戦後4人目)
小林栄茂(42人目、戦後5人目)
1962年、宮本一乗(43人目、戦後6人目)
1970年、光永澄道(44人目、戦後7人目)
1979年、叡南俊照(45人目、戦後8人目)
1990年、光永覚道(47人目、戦後10人目)
1994年10月18日、上原行照(48人目、戦後11人目)
2003年9月18日、藤波源信(49人目、戦後12人目)
2009年9月18日、光永圓道(50人目、戦後13人目)
2017年9月18日、釜堀浩元 (51人目、戦後14人目)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E6%97%A5%E5%9B%9E%E5%B3%B0%E8%A1%8C_(%E6%AF%94%E5%8F%A1%E5%B1%B1)

 

二千日回峰行達成者 

戦後では酒井雄哉氏の一人だけです。(1980年10月、1987年7月)

 

2度の回峰行を達成したものは1000年を越える比叡山の歴史の中でも3人しかいないため、これがどれほど凄いことなのかをお分かりいただけると思います。

 

まとめ

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今回は、命がけで行われる千日回峰行について書いていきました。

 

9日間の断食、断水、不眠、不臥というのは考えるだけでも恐ろしいですね。

ちなみに不眠の世界記録は11日間です。

【まさか…】徹夜するとお酒を飲んだ状態と一緒になる!人は限界まで寝ないとどうなるの? - 男子社会人のひとりよがり

 

皆さんは決してマネしないようにしてください。

 

最後まで読んでくれてありがとうございました。

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